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アイデンティティ Part2 言語

Part2 言語

両親の母国語が違う場合、子供は自然に両方の言語を覚える。
オレの場合、使用頻度が多いのは日本語だから日本語のほうが得意だけど、母親が普段オレに話しかけるときはドイツ語なので、ドイツ語なら一般的な会話は出来る。

英語は、そのどっちでもない。
実は両親の間で交わされる会話は英語だったのだけど、オレに関係ない話だから全く関心がなくてロクに聞いてない。「英語」はオレにとって覚える必要のない言葉として素通りされていたのだった。

自分たちの息子は英語が喋れない。
これは両親にとって盲点だったらしい。
自分たちが普段英語で会話していたものだから、当然オレも英語を理解しているものだと思い込んでいた、呑気なものだ。

オレのあまりの英語力のなさに慌てた両親はいきなり英語の特訓を始めた。
家でも英語以外の言語は禁止。日本語で話しかけようがドイツ語で話しかけようが、英語でしか答えてくれない。しかも英語で話すことを強要される。
確かに今更日本に戻れない以上、何がなんでも早急に英語を身につける必要があったし、そのためには仕方のないことだったとは思うけど、言葉を奪われたも同然だったあのころの辛さは今でも忘れられない。

ヨーロッパ系の多いこの地に来て、オレは疎外感からは解放された。
しかし、かわりに言葉の壁にぶつかり今度は圧倒的な「孤独感」に苛まれる結果になった。

まあ、そのおかげでか、まだ幼かったからか、オレは半年で言葉をクリアし、ESLからも卒業できたのだけれども。

そして。
それから3年あまりの月日が流れ、英語にもボストンの生活にもすっかり慣れたころ、オレはまた引っ越すことになる。
ただし、今度はアメリカ国内だから、いくぶん気楽だった。

引越し先はカリフォルニア州ロサンゼルス。
移民の国アメリカでもことに様々な人種が暮らしている、俗に「人種のサラダボウル」とも呼ばれている全米2位の大都市。

どんなことが待ち受けているのだろうか。
期待といくばくかの不安を抱え、オレは4th greaderの新学期を新しい土地で迎えることになった。


転校した先のエレメンタリーでは、すでに新学期がスタートしていた。
スクールオフィスで転入手続を済ませ、新しい教室に入る。
クラスルームまで送ってきてくれた母さんに手を振って、オレは担任のミセス・コーエンに促されるまま、自己紹介を始めた。

名前はラルフの方を使った。「カズト」はzuの発音が結構難しいし、アメリカ人にとっては馴染みのない名前だから、聞き返されるのが面倒だったからだ。

前に住んでいたボストンについて、いろいろと話しながら、クラスメート達を観察する。ヨーロピアンは3割ほど、ヒスパニックが4割、アフリカンが1割ってところか。あとはアジアやアラブ、インド系など、さすがにバラエティに富んでいる。
ほとんどは転校生のオレに興味津々の様子で熱心に聴いてくれているけど、その中に3人だけ、オレのほうを見ていないクラスメートがいた。



はあ、やっとこさ「新学期」の時点まで戻ってきました。
イケメンの転校生に関心がないのは、あの3人ですね。
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